2010年11月20日

翻訳について

機械翻訳はその場で翻訳結果を返してくれる。通訳も同じ。
出版翻訳は時間がかかる。
産業翻訳はその間。

産業翻訳では、実質上に探索空間が事前に閉じている。
出版翻訳では、翻訳が終わったあとになって、遡及的に、探索空間が閉じていたかのように思われる。

「包括性」を考えるもう一つの視点。しかしこの視点から立てられた包括性は、「事前」に「翻訳」に役立つツールの性質に反映させることができるのか。

"descriptive" な立場を取ると明示的に表現しまた多くの場合そのように振舞っている人たちが、したがって当然のことながら原著テクストについては社会に提出されたものを出発点としている(したがってあるテクストに対する批判や応答は蓄積されていくと考える)人たちが、翻訳については突如としてまた別のあり得たテクストは実際に与えられたテクストを代替するものと考えるのはいとも不思議だ。

この不思議さは、原理的に誤って「言語学的」な観点から翻訳が考えられてきたことと対応している。
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2010年09月20日

ヴァールブルク図書館

みんなの翻訳」からRSSを取っているので気づいたのですが、「ヴァールブルク図書館を救え」という記事がアップされています。

その中に、
蔵書はそれ自体、蔵書に含まれる内容をさえ超越する 知的インスツルメントである


という一文があります。

ホーリズムとか、分析的知識に対する空疎な反感としてではなく、例えば技術から情報サービスに展開するときに、少なからぬ場合に欠けているところ。
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2009年12月22日

視点についてのメモ

一冊の本とか一つの作品に一つの視点、という常識を暫定的に前提とすることをきちんと述べること。
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2009年11月13日

読むこと

一方で内容なき知覚刺激の問題が、他方で内容の問題。それに対して、存在の質感をきちんと論ずること。

いかにも古くさいヴァレリーから:

純粋精神だけのもっぱら執着することくらい、完全な野蛮状態へと確実に意たらしめるものはない。(『書物』)

彼[ドガ]が話してくれたことだが、ある日、ベルト・モリゾ宅でマラルメと夕食をともにしていたとき、彼は詩の制作のもたらす極度の苦しみを彼[マラルメ]に訴えた。「何という職業だろう!」と、彼は叫ぶのだった、「たかだか一篇のソネットを書こうとして、まるまる一日を潰して、しかもただの一歩も進まない・・・・・・。しかもだよ、考えがないわけじゃない・・・・・・。一杯あるんだ・・・・・・。はちきれそうにあるんだ。」
 するとマラルメはいつもの穏やかな深さとともに言った。「だけど、ドガ、詩句は考えでつくるものではない・・・・・・。言葉でつくるものなんだ」(『ドガ・ダンス・デッサン』)

蓮實重彦流に言うと、たとえば、「存在がその経験的認識によって自分を位置づけることになる秩序の側にあるのではなく、またその秩序の機能するさまを思考する反省的認識の側にあるのでもない」「エピステーメー」のようなものに対応する位置づけを触知する機会を提供すること。
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2009年04月17日

今福龍太『身体としての書物』東京外国語大学出版会

「電子メディアを捨ててノスタルジックな紙とインクにただ還る」かたちではなく本を扱おうという意図のもとで行われた講義に基づくもの。「電子メディアを捨ててノスタルジックな紙とインクにただ還る」かたちではなく、という点を無視して、そのものとして読めば面白い。続きを読む
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2008年08月13日

『ウィキペディア革命』

Pierre Gourdain, Florence O'Kelly, Beatrice Roman-Amat, Delphine Soulas and Tassilo von Droste zu Hulshoff. La Revolution Wikipedia : Les encyclopedies vont-elles mourir? Mille et une nuits, 2007. (アクサンは省略:ドロステ・ヒュルスホフ(ユルショフだけど)とはまた、『ユダヤ人のブナの木』の著者みたい)

日本語訳は:
ピエール・アスリーヌ、ピエール・グルデン、フロランス・オクリ、ベアトリス・ロマン=アマ、デルフィーヌ・スーラ、タシロ・フォン・ドロステ・ツー・ユルシュフ著 佐々木勉訳、木村忠正解説『ウィキペディア革命』岩波書店, 2008.

序を書いたに過ぎないピエール・アスリーヌ(原著の著者表示にはない)が日本語版では筆頭著者扱いになっている。『帝国』がハートとネグリなのに、日本語訳ではネグリが筆頭になっていたことを考えると、これは最近の日本の出版「慣例」では「OK」なのでしょうが、ウィキペディアの検討を主題とする本であることを考えると、このクレジットは、不思議な感じ。続きを読む
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2008年05月02日

Durkheim & Mauss (1902)

『分類の未開形態』。続きを読む
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2008年05月01日

信頼性と権威

シャルチエ『書物の秩序』第二章「作者の形象」93ページから。
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2008年04月16日

言語とメディアの連続性から

クラインの壺、集合論のパラドクス、自己言及性

ロボット:=人造人間
人間:=スーパーロボット

マルクス資本論初版「まるでライオン・・・といった個々の動物の中に動物という動物が混ざっているかのようだ」

伝統的な図書館における資料の加工度による区別
一次資料・二次資料・三次資料

M山さんの卒業論文における「情報の信頼性」

本とウェブの差異化は、時差と、それに対する人間の認識の閾値になるだろう。

メディア論の科研に関して、大急ぎでまとめること。

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2008年01月09日

反復と一回性 Good-Turing推定の認識論と関わって

午前中、駒場の持ち出し授業で気付いたことのメモ。

魔法の果物の箱から1日1個(全然必然じゃないけど)10日で10個果物を採りだして、

 王林 10個

だったとき。このとき、王林は、繰り返し出ている(確率・統計側で考えるためには、試行は反復されることが前提)。一方、

 10種類の果物が1個ずつ

のときには、タイプとしての果物は反復されない。反復されるのは「前のと違う」ということだけ。外側に情報がない限り、それらの果物が「そのものとして何であるか」はわからない。

複製技術によるアウラの喪失との関係で議論を進めると、一見、王林10個が複製技術世界で、10種類の果物が1個ずつが繰り返しのない世界に見えるようである(議論のやり方に注意)。

この線を追っていくと、ベンヤミンを再読するときのポイント(ネガティブな意味で「多様性」概念の不備)、フーコーの幻想の図書館を格好つけに用いるときのポイント(反復はないが「多様性」概念はある)との対応付けができるかも知れない。

また、蛇足だが、

要素の反復は 要素主義と
差異の反復は 構造主義と

関係づけて議論を膨らませることも可能性としては、ある。

Type-Token分布は、Zipf型。
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2007年12月01日

多数決による客観性

先日、TY大学のUM野先生・T田先生と、印刷メディアに関する共同研究についてずいぶん議論した。その中で一つテーマとなったのが、恣意性(ソシュール的な言語の恣意性ではなく研究手続きにおけるある種の決断の恣意性)と客観性。続きを読む
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2007年10月27日

規範文法から記述文法へ

規範文法から記述文法へ(ソシュールの第一章)。これもやはり輝きから発散へ。ちょっと感動。
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2007年10月19日

閾値の必然性

人間における閾値の必然性を、宝くじの値段を変えたときのことから補強すること。期待値が上がっても値段が高すぎれば宝くじは買わない。
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2007年06月23日

フーコーへのインタビューから

ミシェル・フーコー思考集成VI(ちくま書房)収録「権力と知」から。一つは方法論ゼミとの関係で、もう一つはM山さんの卒論との関係で。続きを読む
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2007年06月17日

エミール・マール『ヨーロッパのキリスト教美術』

エミール・マール『ヨーロッパのキリスト教美術(上)12世紀から18世紀まで』(岩波文庫)。続きを読む
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2007年05月09日

『読むことの歴史』

ロジェ・シャルティエ/グリエルモ・カヴァッロ編。日本語訳は大修館書店。続きを読む
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2007年04月17日

W・V・クワイン『哲学事典』

W・V・クワイン『哲学事典 AからZの定義集』(吉田夏彦・野崎昭弘訳、ちくま学芸文庫)をいただきました。続きを読む
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2007年04月14日

図書館情報学研究方法論

「図書館情報学研究方法論」という大学院ゼミをやっている。TKB大学からTJさんや若手のエースIKUCさんも参加し、ポスドクのABKWさんも参加してくれているおかげで、混沌とした雰囲気がなかなか良いゼミ。続きを読む
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2007年04月09日

鈴木一誌「『テクストは文字の集合』か?」など

先日書いた金井美恵子さんの『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ』の中に、コンピュータと漢字について東大明朝をめぐるお話が出ていた。関連する情報へのリンク(図書館情報学関係者には必読です・言語処理の方々にも「それを解決するには、と考えたとたんに、その人はつくり手の立場に反転するのではないでしょうか。また、そうならないと解決策は生み出せないのではないか。ユーザーの立場のままで、慨嘆するだけで事態は解決できるのか、という問題が立ちます」という言葉を、じっくり読んでみることは大切だと思います(ここでのユーザ・つくり手は言語処理で一般に想定されているものとズレがあることにも注意)。続きを読む
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2007年03月02日

Good-Turing推定量の認識論的位置づけについて

言語処理をやっていて大きな収穫の一つはGood-Turing推定が使えるという現実に接したこと。「処理精度」などの観点からは色々新しいものが機械学習から輸入されているけれど、認識論的布置をめぐっては、Good-Turing推定が使えるということがほとんど唯一、関心を引く点。続きを読む
posted by いんぷうしゃあ at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア基礎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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